FEATURE

「ラッタラッタル」ってなに?

インタビュワー   一田   憲子
2020.08.28 update.
vol.4

クリエイティブ・ディレクター、須長檀さんに聞きました。

「僕は、なんのためにデザインをするのだろう? ラッタラッタルが生まれる少し前、僕は自分が歩いてきた道が、いったいどこへつながっているのか、見えなくなっていたんです」インタビューは、そんな須長さんの告白から始まりました。

スウェーデンに生まれ、3歳から25歳までを日本で過ごした後、再びスウエーデンへ。王立美術大学大学院を首席で卒業し、家具デザイナーとして数々の賞を受賞してきた須長さん。2009年に帰国した後は、軽井沢に北欧雑貨と家具のお店「ナチュール」をオープンさせました。スウエーデンを始め数々な家具メーカーのために、家具をデザインし国内外に活躍の場を広げていたはずなのに……。

「北欧のその年に作られた家具の最優秀を決める賞を受賞したら、その後の目標を失ってしまって……。どうして企業のためにデザンをしなくちゃいけないんだろう? どうして売れるためのデザインをしなくちゃいけないんだろう? 僕はなんのためにデザインを始めたんだろう? と考え始めると、ぐるぐる同じところを回って抜け出せなくなっていたんです」。

 ちょうどその頃、「ナチュール」のお客様で、福祉会社を営む白石さんに声をかけられました。「福祉施設で障がい者が作ったものって、なかなか売るのが難しいんだよね。デザインの力でどうにかならないかな?」

 その言葉を聞いた須長さんは、「なんだか面白そうだぞ」と思ったのだといいます。

「僕は、何か問題があって、それを解決することが『デザイン』の力だと思っています。当時の僕は、その肝心の『問題』を見つけることができずにいました。そうしたら、まさに『問題』がそこにあると聞いて、アンテナがピピッと反応したのかもしれません」。

「デザインって、問題を解決するためのものなのですか?」と改めて聞いてみました。
「僕はそう思っています。1960年代のデザインが、ゴールデンエイジと言われているのは、戦後の何もない時代に、標準的な生活をするために、すべてのものをデザインし直さなくてはいけなかったからです。問題意識がしっかりとしていて、よいものがたくさん生まれました。でも、今はみんなの暮らしが豊かになって、周りにはものが溢れています。問題を失いがちな時代にとってのデザインって、やっぱり迷走してしまうと思うんです。そんな中で障がい者のためのデザイン、というものの中に僕自身の新たな目標を見つけられるかもしれない……。そんな予感がありました」

 初めて障がい者の方が描いた絵を見たとき、須長さんは衝撃を受けます。
「それは、僕らが受けてきたデザイン教育の中の美的概念とか価値観からはみ出していて、目にしたと同時にウ〜ンと考えさせられました。そして思い出したんです。僕の中の『美しさ』の基準って、それを見た人の中に物語が湧き上がるものだったよなって。僕はコンテンポラリーのバレエがすごく好きなんですが、ストーリーは特にないのに、見ていると、幼少期の嬉しかったことや辛かったことなど、忘れていた記憶が湧き上がってくるんですよね。たぶん見ている人それぞれが、感じることが違うのだと思います。いい絵に出会ったときにもそういうことが起こります。そうやって『自分と反応するもの』が、美しいもの、いいものだと思うんです。『ラッタラッタル』は、僕にものづくりの根幹を思い出させてくれました」。

 そこから須長さんは「アール・ブリュット」や「アウトサイダー・アート」の本を読み漁り、勉強を始めます。「アーリュ・ブリュット」とは、フランスの画家ジャン・デュビュッフェによって考案された言葉で、既存の美術や文化の潮流とは無縁の文脈の中で制作された芸術作品のことです。加工されていない「生」の芸術で、伝統や流行、教育などに左右されず、自身の内側から湧き上がる衝動のままに表現した芸術のことをいいます。「アウトサイダー」とは、アートワールドのプロフェショナル=インサイダーに対し、アート教育を受けていない人のこと。精神障がい者や子供はこの中に入ります。「アール・ブリュット」は、「自分のためだけに人知れず行う創作」とも言われ、たいていは人の目に触れず埋もれてしまいます。

「その中で知ったのが、スイスの画家パウル・クレーと『アール・ブリュット』の関係でした。クレーにはふたつの人格があって、ひとつはものを純粋に描くピュアな自己。もうひとつは、その純粋性の中のアートを客観的に見つめ再構築する自己なんですよね。この「2人でひとつの作品をつくる」というところに、障がい者のアートを『デザインする』ヒントがあるんじゃないかと思いました」と須長さん。

 この発想を元に生まれた「ラッタラッタル」の在り方が、クリエイター(障がい者)とアトリエリスタ(支援者)が共同でひとつの作品を制作するというかたちです。

「たとえば、ずっと丸しか描けない子がいるんです。そうすると何を描いても丸にしかならない……。アトリエリスタが言葉で伝えても理解できないから、長い毛の筆を作って渡してみます。そうすると同じ姿勢では描けなくて、身体的に変化が起こります。そして、大きな丸を描くようになる。言葉ではなく身体のデザインですね。そういう工夫を、障がい者ひとりひとりに対してトライしていくんです。模写ばかりする人には、そのまま描くんではなく、影を写すようにアドバイスをしたり……」。

 さらに、須長さんにはもうひとつ試してみたい「デザインの力」がありました。それが、障が者の方のアートを販売をして、彼ら彼女らが自立するしくみを作る、ということ。
「障がい者のデザインのプロジェクトって、国や県からお金をいただくことが多いんですが、1回で終わってしまうことがほとんど。そうではなく、継続可能なものにするために、自分たちで販売ルートをつくり、支援金がなくなっても依存しないでものづくりが続けられるような形にしたかったんです」。

 こうして今、「ラッタラッタル」では、アトリエスタが個々のクリエイターに適した材料、技術、テーマを提供し、ともに試行錯誤しながら、ハンカチやカレンダーなど、商品へ応用できるデザインの制作を目指しています。さらに、アトリエで制作した商品を販売するコンセプトショップも展開。販売された商品の収入の一部は、デザインロイヤルティーとして、クリエイター本人に還元されるというしくみを確立しました。

 須長さんはこう語ります。
「アトリエリスタの言葉なんですが、『飾ることをしなくなった人たちが描く絵には、大きな魅力がある』って。みんな自分をよく見せたいなんてまったく思っていません。余計な装飾が全部削ぎ落とされて生まれたものは、意図や狙いを持って描いたものとは全然違う。ウキウキやワクワクがそのまま出るんです。そこに、誰かを感動させようとしていないのに、感動してしまう力が潜んでいる気がします」

淡々と続く毎日の中から生み出された小さなアートが、誰かの心に作用して新たなウキウキとワクワクを生み出してくれますように……。
「ラッタラッタル」の根っこには、デザイナーとしての在り方を模索した須長さん自身の経験がつながっています。アートとは、自分の心と反応するもの。障がい者や支援者、そしてディレクター。関わっている人すべての心がちゃんと動いていることが、「ラッタラッタル」の魅力なのかもしれません。

Interviewer

一田憲子
一田憲子Norico Ichida

OLを経て編集プロダクションに転職後フリーライターとして女性誌、単行本の執筆などを手がける。 2006年、企画から編集、執筆までを手がける「暮らしのおへそ」を2011年「大人になったら着たい服」を(共に主婦と生活社)立ち上げる。 そのほか、「天然生活」「暮らしのまんなか」「クレア」「LEE」などで執筆。 全国を飛び回り取材を行っている。

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