FEATURE

アトリエリスタができること。
塚元恵さん 小林あやさん

インタビュワー   一田   憲子
2020.06.01 update.
vol.2

現在「ラッタラッタル」では、クリエイター(障害者)とアトリエリスタ(支援者)が共同でひとつの作品を制作しています。アート作品を生み出すだけではなく、それをハンカチやスカーフ、カレンダーなどに商品化し、販売。利益の一部をクリエイターに還元するまでを目指しています。今回は、アトリエリスタとして働く塚元恵さんと小林あやさんにお話を伺いました。

小林さんはデザインの専門学校を卒業後、仕事を探していた時に、「ラッタラッタル」のことを知りました。「私は、幼い頃から障害がある子や、家庭に問題があって心を病んでしまった子が周りに多くて、障害というものに抵抗がなかったんです。私が一緒に時間を過ごすことで、彼女たちが前向きな気持ちになってくれる……。デザインを学びながらも、そんな風に人の人生に関わることができたらなあと思っていました。そうしたら、ちょうどここの求人を見つけて……。まずはインターンとして働いてから、就職しました」。

塚元さんは、美術大学で染色を学び、卒業後はアルバイトをしながら、染色の作家に。クッションなどのインテリア小物を作っていました。その後美術館で働きながら、「ラッタラッタル」クリエイティブ・ディレクター須長檀さんが営む北欧雑貨のお店「ナチュール」のスタッフに。そんな中で「ラッタラッタル」の方を手伝わないかと声をかけられたのだとか。「私は大家族で祖父母とともに暮らしていました。おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に過ごすのが大好きで……。そんな姿を見て、周りの人からは福祉が向いているんじゃない?って言われていましたね」

小林さんはデザイナーとして、塚元さんは染色家として、自ら手を動かし、ものを作り出すことができる方です。なのに……。今はクリエイターに寄り添い、彼ら、彼女らのクリエーションを見守ることが役目です。「自分で作りたい、何かを生み出したい、と思わないのですか?」と聞いてみました。

「全然思わないんですよ。私は自分で作るより、寄り添うことの方が向いていると思います。利用者さん(クリエイター)さんと一緒に作品に向き合うとき、自分の中に完成のイメージはあるんですが、他者が作るからこそ、そのイメージ通りにはいかないんです。でも、それでいいって思っています。逆に自分の力が及ばないことが面白いんです」と塚元さん。

小林さんは、仕事を始めたばかりの頃は、思うようにいかないことばかりだったそう。「最初はひたすら緊張していたので、見ているつもりなのに見えていないことがたくさんありました。自分は一生懸命その方に向き合おうとしていても、利用者さんにちっとも頼りにしてもらえなかったり……。でも、慣れていないから仕方がない、って割り切ることにしました。私も周りのことをわかっていないんだから、私のこともわかってもらうには時間がかかる。とりあえず今できることをやろうって」。

初めてクリエイターの横に座ったとき、どうでしたか?と聞いてみると‥‥。「先輩からは、『とりあえずここに座ってこの人の作品を見てて』と言われて(笑)。その時は、片手しか使わない方がスタンプをやりたい、と言っていたので、木のブロックに絵の具をつけるお手伝いをしました。それは、ただ絵の具を塗るだけだったから、なんとなくできたんです。でも、この会社に入ったら、商品になるようなデザインを意識しなくてはいけない。なおかつ、その人の個性を崩さないように導かないといけない。むずかしいなあって思いましたね」と小林さん。

何が出来上がるかは、クリエイターの気分次第。つまり、アトリエリスタはアートの種をコントロールすることはできません。さらに利用者さんたちは、自分たちが商品を作っているという意識を持てる人もいれば、持てない人もいるのだといいます。だったら、何ができるのか……。

「たとえば、その人が『ドラえもんが描きたい』と言えば、ドラえもんをそのまま描いてしまうと商品にはならないから、『ドラえもんに使われている色だけを使って違う形を描いてみよう』と提案したりしますね。なるべくその人が描きたいものや好きなものを基盤にして描いていくようにしています」と小林さん。

ここでクリエイティブ・ディレクターの須長さんがこんな風に説明をしてくれました。

「ふたりでひとつの作品を作るという相互補完関係がいいなあと思うんです。それを僕は『唐突の美』と呼んでいるんですが、クリエイターとアトリエリスタが話をし、すれ違いや勘違いをしながら、出てくるものをパッとつかまえる。ただそれだけ。どこをどう捕まえるかは、誰と組むかでも変わってくるし、その解釈の仕方はそれぞれのグループにかませています。小林さんも塚元さんもすごくいい『捕まえ方』をしてくれるので、面白い作品を生み出してくれていると思います」。

塚元さんと小林さんは、アトリエリスタとしての役割をどう考えているのでしょう?

「私がわかることは教えてあげながら、でも私の作品にしてはいけないと思っています、その方の得意なところや個性を生かしながら、なおかつ商品になるものを目指す……。私の知識と利用者さんの個性をうまく混ぜていく、というイメージかな。そして、作品ができあがったらおしまい、ではなく、商品になることが決まったら、加工することも作品づくりの一部になります。描いてくれた絵のどこを切り取ってハンカチにするか。それも一緒に考えますね」と小林さん。

「利用者さんが『うまくいった!』と思うものを仕上げることが一番大事。こちらで全部決めるのではなく、その方が満足するものが仕上がるといいなと思います。でも、そこが一番難しい。『いい』とか『悪い』というのは感覚的なことで、点数で見えるものでもありません。でも、『これピンときたね!』と言える瞬間が、言葉にできないやりとりの中に確かにあるんです。利用者さんたちは、絵の心得がある方ばかりではないので、専門用語も知らないし、テクニックもないけれど、それでも素敵なものって作れるんです。そこを引き出せた時、幸せだなあって思いますね」と塚元さん。

障害者の方々は、毎日ご飯を食べるのと同じように絵を描きます。でも、あるとき「ご飯」が「アート」に変わる瞬間がある……。

「そこは本当に紙一重なんです。同じものしか描けない人に、違う道具を渡すとびっくりするような作品ができることがあります。たとえば、ある人が突然『ボールチエーンに絵の具をつけて絵を描く』といいだしたんですよね。描きながら『これは、タイヤなんだ』って言い出して。思うようにやってもらったら、すごく面白い作品になりました」と塚元さん。

須長さんはこう説明してくれました。

『僕が大事にしてほしいと思っているのは、『発見』や『発明』なんです。『ボールチェーンを使って絵を描いたら、タイヤに見えた』って、『発見』だと思うんです。新しい視点が生まれて、感動が生まれる。そこにアートの種がある気がします。クリエイターとアトリエリスタは、毎日淡々と同じ時間を過ごします。昨日と同じ今日に思えるけれど、偶然のやりとりで今まで当たり前に「見て」いたものの中から、新しい何かが「見える」瞬間がやってくる。決して特別な環境や才能や知識が必要なわけじゃない。『ラッタラッタル』で大事にしたいのは、その奇跡のような『瞬間』を見逃さないことですね』。

アトリエリスタもクリエイターも、アトリエで過ごす時間の前と後ろには、それぞれの日常がつながっています。だからこそふたりでひとつの作品を作る意味が生まれるのかもしれません。障害があってもなくても、人生の中にある「発見」は同じ。互いに全く別な「発見」へのプロセスを持っているからこそ、それぞれが「見つけたもの」を差し出しあって、互いに融合させ、新しい「価値」へと昇華させることができる。だからこそ、ラッタラッタルの生み出すアートは、まだ見ぬ世界を見つける喜びを秘めているのです。

Interviewer

一田憲子
一田憲子Norico Ichida

OLを経て編集プロダクションに転職後フリーライターとして女性誌、単行本の執筆などを手がける。 2006年、企画から編集、執筆までを手がける「暮らしのおへそ」を2011年「大人になったら着たい服」を(共に主婦と生活社)立ち上げる。 そのほか、「天然生活」「暮らしのまんなか」「クレア」「LEE」などで執筆。 全国を飛び回り取材を行っている。

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